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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2109号 判決

控訴人 三光信用金庫(敗訴)

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)今井栄吉および同今井信子は請求原因として、本件第一の宅地建物は被控訴人今井栄吉の所有に係り、第二の宅地は被控訴人今井信子の所有するものであるが、控訴人三光信用金庫のため右宅地建物にそれぞれ抵当権設定登記、代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記が経由されている。しかして、右の各登記によると、被控訴人両名は、訴外高塚豊三郎が昭和二十八年十二月二十五日控訴人より金三百五十万円を借用したのについて、被控訴人両名がその担保として抵当権を設定し期日に弁済しない場合は代物弁済として抵当不動産の所有権を移転すべきことを約したことになつている。更に控訴人は公証人の作成に係る公正証書の執行力ある正本に基き、被控訴人両名は訴外高塚豊三郎と共に控訴人に対し金三百五十万円の連帯債務を負つていると称して、昭和二十九年十月十一日被控訴人今井栄吉所有の有体動産に対し強制執行をなした。

しかしながら、被控訴人両名は、かつて訴外高塚の債務の担保として所有不動産に抵当権その他の権利を設定したことはなく、又その債務を保証したり連帯して支払うべき旨を約した事実もなく、前記登記や公正証書は全然事実に反する虚偽のものである。

よつて被控訴人らは、これら登記の抹消登記手続と公正証書による強制執行の不許を求める、と主張した。

控訴人三光信用金庫は抗弁として、被控訴人両名は、訴外高塚豊三郎が昭和二十八年十二月二十五日控訴金庫より金三百五十万円を借用するに当り、その連帯保証をなし、本件第一の土地建物および第二の土地に登記簿記載のとおり抵当権その他の権利を設定したものである。

すなわち、被控訴人今井栄吉は昭和二十八年年末に金策の必要に迫られたが、年末のことで容易に金融を受けられなかつた折柄、訴外島瀬俊満、同清水清一より、「担保を出せば融通してやる、その担保は数人の物を一括して金融機関に差入れ、大きな借出の枠を持つている高塚豊三郎の名で金員を借り受け、その金員中より廻してやる。」と持ちかけられてこれに応じ、訴外高塚豊三郎が控訴人より金三百五十万円を借り受けるについて、これを連帯保証し、且つ本件第一および第二の土地建物に抵当権その他登記簿に記載のある権利の設定、公正証書の作成を承諾し、訴外島瀬俊満、同清水清一を介してその旨意思表示し、土地建物の権利証、印鑑証明、白紙委任状を控訴人に交付し、その旨の金員借用証書に調印したのである。

仮りに、被控訴人ら自身が控訴人に対しそのような意思表示をしたわけではないとしても、被控訴人らは訴外高塚豊三郎の控訴人に対する金三百五十万円の債務を連帯保証し、且つ本件第一および第二の土地建物をその担保とすることに承諾し、その手続一切を訴外清一、同島瀬俊満に任したので、同人らは被控訴人らの代理人として控訴人に対し訴外高塚の金三百五十万円の債務を連帯保証し、抵当権その他の権利を設定し、その登記手続をなし、且つこれらの契約について公正証書の作成方を控訴人に依頼したものである。

また、仮りに、訴外島瀬、同清水らに右のような代理権がなかつたとしても、被控訴人らは民法第百十条により本人としてその責に任じなければならない。

そればかりでなく、被控訴人らは、金四十万円借用のため、本件不動産に抵当権設定、代物弁済の予約および公正証書の作成を承諾し、その手続のため本件不動産の権利証、印鑑証明、白紙委任状を訴外島瀬、同清水に渡した。これは白紙委任状所持者に該不動産の処分権限を附与した旨を表示したものと解すべきであるから、控訴人は、訴外清水、同島瀬にその代理権があると信ずるにつき正当の事由があり、従つて被控訴人両名はこの点から見てもその責に任ずべきものである、と主張して争つた。

理由

証拠を総合すると、次の事実を認めることができる。

すなわち、訴外清水清一、同島瀬俊満等はかねてからその経営する東都興産株式会社の営業資金等に窮していたため昭和二十八年十二月頃控訴人から訴外高塚豊三郎に対する金融を得て、これに充てようと考えていたところ、控訴人の外務課長相沢信義から預金の導入および担保物件の提供があれば融資をしてもよいとの返事を得たので、訴外岡部梅蔵を通じて控訴人に対する五百万円の定期預金を他から導入する交渉を進めるとともに、担保物件の提供者を探していた。

一方、その頃控訴人今井栄吉は訴外阿曾直作に対し建築代金の未払債務四十万円位を負担していたので、この支払に充てるため他から金融を得ようとして昭和二十八年十二月二十日頃阿曾の紹介によつて右清水らと知り合い、交渉の結果東都興産株式会社から金四十万円を借り入れることとなり、右借入金の担保に供する趣旨で被控訴人ら所有の本件不動産の権利証を清水らに交付した。

ところが、清水らは始めから被控訴人ら所有の本件不動産を控訴人への債務の担保に供する意図であつたので、直ちに右権利証を控訴人に交付するとともに、同年同月二十五日頃から昭和二十九年二月二十六日頃までの間に、被控訴人今井栄吉から東都興産株式会社に対する前記担保権設定の手続に使用する趣旨で渡された被控訴人らの印鑑証明書を控訴人に交付し、更に同様の趣旨で渡された右両名の印鑑を使用して、訴外高塚豊三郎が控訴人から金三百五十万円を借り入れるにつき被控訴人今井栄吉がその連常保証人となりその所有の本件土地建物につき抵当権設定等をなす旨の記載のある金員借用証書、右の登記手続を委任する旨の記載のある被控訴人今井栄吉の委任状、被控訴人今井信子所有の本件不動産につき同様の登記手続をすることを委任する旨の記載のある同被控訴人の委任状、本件公正証書作成の嘱託をすることを委任する旨の記載のある被控訴人両名の委任状を勝手に作成してこれを控訴人に交付した。控訴人はこれらの委任状および印鑑証明書を使用して本件各登記手続をなし、本件公正証書については、前記委任状の受任者欄に控訴金庫の職員である訴外水野政信の名を補充した上、同人を被控訴人両名の代理人としてその作成を嘱託した。

この間清水等に対し一旦は控訴人と取引のない高塚豊三郎に対する融資は難しいと申し向けた前記相沢信義は、右高塚の資力や被控訴人等が右高塚に対する情誼から同人の債務を保証し、且つ本件不動産に抵当権を設定するものである旨の清水等の述べた事実につき、清水らと共に右高塚についてこれをただしただけで、被控訴人らが控訴人に対し前示の債務を負担し抵当権の設定等をする意思にもとずいて清水等にその代理権を与えたものと信じ込み、当時控訴人の融資課長として貸付事務を所管していた橋本輝一が、同人に代つて便宜本件貸付の事に当つていた前記相沢に対し、特に、被控訴人らが高塚に対する融資につき担保提供者となる事情につき疑問を抱き、これを質したにもかかわらず、右相沢は、従来控訴人との取引もなかつた被控訴人らが右の債務負担等をする意思があるかどうかを被控訴人らに直接確かめることなく、ただ昭和二十八年十二月二十二日頃に部下に命じて本件不動産の時価の調査をさせたことをもつて調査済であると答えたので、融資課長においても、被控訴人らについて調査を遂げることなく、同月二十五日に前記五百万円の定期預金の導入が実現するや、清水らから前記委任状等の全部の交付も受け終らない内に控訴人は高塚に対する三百五十万円の融資をたやすく承諾し、直ちに内金百五十万円を清水らに交付し、翌二十九年二月十三日までの間に残金二百万円の交付を完了した。

清水らは昭和二十八年十二月二十八日頃に、控訴人から受け取つた前示金員のうちから四十万円を被控訴人今井栄吉に交付したので、同人は東都興産株式会社宛ての同額の約束手形を振り出し、その後右金員を逐次返済して、翌年三、四月頃には東都興産株式会社に対する全額の弁済を了えた。

以上の事実が認められるところ、これらの認定事実によれば、被控訴人らは、清水、島瀬等に対し、被控訴人今井栄吉が東都興産株式会社から金四十万円を借入れるについて本件不動産を担保に供するための登記手続等をなす代理権を与えたにとどまり、高塚豊三郎が控訴人から金三百五十万円を借入れるにあたり被控訴人両名がその連帯債務者となつて本件不動産を担保に供し控訴人主張のような各登記手続をなし公正証書の作成を嘱託する権限を与えたものではないというべきである。したがつて、本件公正証書に記載された強制執行認諾の意思表示は被控訴人らを代理する権限を有しない前記水野政信によつて行われたものというべく、公正証書に記載される執行認諾の意思表示には民法第百十条の適用がないものと解すべきであるから、右意思表示は無効であつて、被控訴人らの本訴請求中右公正証書に基く執行の不許を求める部分は、その余の点を判断するまでもなく、正当としなければならない。

また、前記認定の事実によれば、本件各登記は清水らにおいて被控訴人らの代理人として与えられた権限を超えた行為に基くものというべきところ、控訴人は清水らに本件各登記手続をなすにつき被控訴人らを代理する権限ありと信ずるについて正当な事当がある旨主張するけれども、控訴人側において、被控訴人らが前記高塚の債務につき担保提供者となる事情につき疑問を抱きながら必要な調査を遂げることをしなかつた前認定の事実に照らし、控訴人は清水らに右の権限ありと信ずるにつき過失がなかつたとはいえないものと認めるのが相当である。更に控訴人は、被控訴人らにおいて清水らに本件各代理権を与えた旨を控訴人に表示したものであると主張するけれども、控訴人が清水らに右の権限ありと信ずべき正当の事由を有しないと認めるべきこと前記のとおりである以上、控訴人の右主張も排斥を免れない。従つて、被控訴人らの本訴請求中右の各登記の抹消を求める部分もまた正当であるといわなければならない。

よつて被控訴人の本訴請求の全部を認容した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。

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